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author:桜沢 可菜

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ミーア・キャンベル第10回

やっぱりまだ出番はほぼないのだけれど orz
コメントで「本物のラクスを目にしたら……?」というネタをいただいたので、これを取り上げてみたい。
書いているのは第41話視聴後なので、その時点でという限定のもとに。
それから、それまでのネタバレは含むため、まだ見ていない方はご注意を。
さて本物のラクス・クラインが現れたとき、ミーアはどう思うか。
それでもなおラクスという立ち位置に執着するかというと、実は怪しいと管理人は考えている。
一つは第5回の考察で述べたように、既に「ラクス」という立ち位置はミーアにとって重荷にすぎるからだ。
全てを失う恐怖と、全てを背負わなくてよくなる解放感。
どちらも大きく、一方を凌駕するほどの差はつかないと思われる。
少し前、キラがミーアを攻撃した頃(語弊あり)なら、また話は違うのだが……。

そしてもう一つ。
今のミーアには、ラクスを敵にまわして自分がラクスだと言い張れるほどの強さはない。
37話で、泣きはらしたミーア。38話で、ただベッドに座り続けるミーア。
この2カットで、今のミーアの心情は綺麗に描写されている。
それは、ラクスであることの無力感 だ。
アスランの婚約者であり、プラントの歌姫であっても、アスラン撃墜を止められなかった。
ラクスでいても、アスランを助けられなかった。アスランのために、何もできなかった。
ここから、アスラン一人のためにすら役に立てなかったのに、ラクスでいることは本当にプラント市民のためになっているのか?という疑問に発展する。
本人がそこまできっちり意識しているかはわからないが、無意識ででも揺らいでいる可能性は高い。
何しろ、アスランだってプラントの人間だったのだから。

ミーアが自分に自信を持てない人間であることは、これまでの考察(第2回第3回)で書いた。
そしてそういう人間は、足場が脆い。
少し揺さぶられると、すぐに積み重ねてきたものすら不安に感じてしまう。

簡単な例を出してみよう。
数学が苦手な人が、一所懸命時間をかけて、やっと難問を解いたとする。
そこで途中の計算式を指差して、「この公式、ここであってるの?」と聞いてみよう。
数学に苦手意識の強い人ほど、あわてふためいて見直してくれるはずだ。

数学なら、理論で確実な正解を求められる分、まだいい。
だがミーアの立場は、決して正しい答えを得られない。
答えを得る道はあるが、それを知ることを恐れる彼女には、辿れない道だ。
そして一度揺らいでしまった自信を取り戻すのは、非常に困難である。

ラクスがミーアと対面するとき、アスランが生きているとわかるかどうかは不明だ。
もしアスランが生きていると知れば、ミーアはアスランを救えた人物がいて、かつそれが自分でなかったことを再認識する。
これは、前述した「自信の揺らぎ」をさらに加速させることになる。
アスランが死んだものだと思っていれば、婚約者を失っても毅然と行動できるラクスを知る。
それを見て、ミーアは同じように振る舞えるとは思わないだろう。
いずれにせよ、ミーアはラクスであると強く出る方向には向かいづらいわけだ。

そうなると、それら全てをふっきって「自分が本当のラクス」と主張できるか?
ラクスを見て、「貴女の方が偽者」と言えるか?
答えは、Noだろう。


前置きだけで長くなってしまった。
続きます。=> ミーア・キャンベル第11回
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