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author:桜沢 可菜

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ミーア・キャンベル第5回

ミーア・キャンベル考察第五回は、ラクスの存在による負荷について考えてみたい。
なぜ「プラントの歌姫」の言葉が「ラクスさまがおっしゃるのなら」というまで力があるのか
は、わからないので触れないことにしておく。
とにかくラクスには(不条理なまでの)カリスマがあり、その発言力は議長レベルとは格が違う
ということだけ把握して、考えることにする。
本物のラクスとの差を実感したミーアは、ラクスの身代わりを負担に感じ始める。
シャトル強奪の回以降のミーアの表情は、浮かない。
特に顕著なのが第34話、演説のあとである。
ソファーにこてんと倒れる彼女からは、嬉しさを感じない。
いつまでこんなことを続けるんだろう?
口にこそしないが、そんな思いがよぎったのは想像にかたくない。
唄っているだけなら、そこまで重荷には感じなかったのだろうけれど。

ラクスの身代わりがどれだけ重荷かは、容易に見当がつく。
冒頭に書いた通り、発言が世に及ぼす影響は尋常でないからだ。
一介の市民にすぎないミーアにとって、どれだけ重いことか。
しかもそれは、身代わりとしてであって本人としてではない。
いくら台本は全てデュランダルが書いているとはいえ、偽物だとばれたとき、市民の怒りの矛先が向かうのは間違いなくミーアなのだ。
たとえそれをラクス(あるいは他の人物)がなだめるとしても、それはミーアにとっての救いにはならない。
なぜなら、彼女はデュランダルの道具としての立場を理解・納得した上でその立ち位置にいるからだ。
発言の影響力と、バレたときのリスクは、あまりに大きい。

それでもなお、彼女はラクスであろうとし続ける。それがどんなに重荷であっても。
それだけ、彼女は誰からも必要とされなくなることに怯えている。
だがそれを、彼女以外は誰も知らない。
一番接触のあるアスランでさえも、気づいていない。
ミーアも、鈍いアスランが悟れるようにまでは説明しない。
前にも書いたが、ミーアが欲しいのは同情ではないからだ。
境遇を理解してくれる親友、でもない。
ただ、自分を求めてくれる人だけなのだ。
ここに、ミーアとアスランが手を取り合えない壁がある。

続きます。=> ミーア・キャンベル第6回
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