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author:桜沢 可菜

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ミーア・キャンベル第8回

ミーア・キャンベル考察第八回は、アスランとの対比を見てみる。
というのも、第36話において彼がアレックスと名乗っていた自分を思い浮かべたからだ。
アスランは、一時期アレックスとしてカガリの護衛についた。
そして後に、アスラン・ザラとして復隊した。
ミーアを見て、なぜそれを思い出したのだろう?
そのあたり、アスランがミーアを理解できていないのだと思う。

アスランには、カガリがいた。
指輪を渡そうと思える、そして受け取ってくれる、相手がいた。
そんな彼女を任せるに足るだけの親友・キラがいた。
「帰ってこい」と言ってくれる、イザークがいた。
そして何より、パイロットとしても、生身としても、一流の実力があった。
その腕を認めてくれる後輩がいた。

翻って、ミーアはどうか。
愛する人もなく、心を許せる友もなく、相談できる知人さえいなかったのではないか?
良い方に目立つ容姿もなく、歌は「ラクスに似ている」という致命的欠陥つき。
ラクスという存在が最初からなければいざ知らず、国民的歌姫として巨大な知名度と人気を誇る以上、ミーアの歌手としての商業的価値はなきに等しい。
同じ「偽名を名乗る」行為であっても、同じ「役割を演じる」行為であっても、両者には大きな違いがある。ありすぎる。

アスランは、アスランになってもできることがあった。
むしろ、アレックスではなくアスランだからこそできることが、たくさんあった。
ミーアは、ミーアになってやれることはない。
ないと、信じている
今のミーアは、ラクスでなくなったら終わりなのだ。
その違いを、アスランは別れるまで吸収し切れなかったのではないだろうか。
だがそれは、アスランが悪いわけではない。
できる者ができない者を理解するのは難しい。逆もまた真だ。
力を持つが故に苦悩することを、ミーアは理解できないだろう。

もっとも、アスランが彼女を理解したとしても、彼は彼女が望む言葉を紡げないだろう。
嘘でも、あるいは力づくででも、といった行為に及べるほど、彼は融通の効く男ではない。
それがアスランのいいところであって、そして限界でもある。
だから管理人は、アスランにそんなことは望まない。

アスランには、彼女の心を、生き方を、思いを、否定しないでほしいのだ。
他の誰もがミーアを否定したって構わない。
ただ一人、アスランだけは、彼女を認めてほしい。
可哀想だとか、不幸だとか、そんな風には思わないでほしい。
それは、ミーアの望むことではない……きっと。

次はミーアの幸せについて考えてみたい。
続きます。=> ミーア・キャンベル第9回
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